2019年

4月

10日

アメリカの青春時代 アメリカン・グラフィティ

アメリカン・グラフィティ 1973年 監督ジョージ・ルーカス
ドゥーワップの話をしてこのアルバムを取り上げないわけにはいきません。
映画の舞台は1962年カリフォルニア州の田舎町。アメリカが最も輝いた時代が終わる頃を描きました。誰しも青春時代は必ず終わり、いつかは大人にならなければいけない。それゆえ最も輝く時代は短く美しい。そして人間と同じく、社会や文化も時代によって変わる運命にある。そんな示唆が伝わってくる話なのです。
サウンドトラック・アルバムは1962年時点で流行していた41曲からなります。いわゆるオールディーズの曲です。この映画ですね曲があまりにもピッタリ合っているのです。もうね、曲名を見ているだけで映画のシーンが目に浮かんで泣けてきます(1)。なお前回の「ランナウェイ」と同名の有名曲が3曲目(2)に入っています。ドゥーワップの名曲もたくさんあります。院長はSixteen Candles / The CrestsやGoodnight, Well It's Time To Go / The Spaniels が好きです。その他にもロックンロール、リズム&ブルース、そして当時新興であったサーフィンサウンドも、名曲が勢揃いです。
今もDVD、CDが発売されていますので、ぜひ映画と音楽をお楽しみください。(院長)

 

(1)院長はこの映画100回以上見ました。ビデオで、しかもβとVHSで。曲順も全部暗記してました、一時はウルフマンジャックの英語DJの台詞まで覚えていましたよ。

(2)Del Shannon の Runaway  邦題「悲しき街角」。これはドゥーワップではなくロックンロールです。なお、シャネルズのランナウェイの題名はこの曲からとったと作者が語っているそうです。

 

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2019年

3月

27日

日本のドゥーワップ ランナウェイ

壁の飾りをかえました。日本のリズム&ブルースを語るうえで重要な曲です。
シャネルズ(1)「ランナウェイ」昭和55年 作詞 湯川れい子、作曲 井上忠夫
ものすごく流行りました、100万枚売れたそうです。元々パイオニアのラジカセ「ランナウェイ」のCMソングとして作られたそうです(2)
湯川・井上両氏が、1960年前後のドゥーワップ・サウンド(3)を日本オリジナルで完全再現しました。シャネルズのコーラスメンバーは顔を黒塗りして注目されました。しかしながら演奏と歌唱を聴けば、それが単なる話題集めだけでなく、彼らの黒人音楽に対する憧憬と尊敬の発露であることが痛いほど伝わってきます。
日本のリズム&ブルースを3曲検証しましたが、ドリフのズンドコ節(1968)は60年代後半ソウル・サウンドながら原曲は「海軍小唄」でヨナ抜き音階(4)です。キングトーンズ(1968)はドゥーワップを意識しつつもプラターズのように甘いメロディーとして一般受けするようアレンジしています。いずれも当時の日本人に受け入れられるためには多少の手加減が必要だったのです。しかるにランナウェイ(1980)には楽曲も演奏者も一切の譲歩がありません。この12年間、日本人は音楽を作る側だけでなく聴き手側も洋楽を自分のものとして消化したわけです。100万枚売れたことがその証拠であります。日本に洋楽が浸透する過程を伺い知ることのできる貴重な資料です。  (院長)

 

(1)現在の「ラッツ・アンド・スター」です。
(2)そういえばそんなCMありました!大型ラジカセも当時流行っていました。
(3)1950年代から60年代前半頃に流行した黒人音楽リズム&ブルース合唱のスタイルで、リードボーカルに対しコーラスで「ドゥーワッ」「シュビドゥビ」「ドゥビドゥワ」などのスキャットをつけることが特徴。 ウィキペディア日本「ドゥーワップ」から引用・要約。
(4)日本風の音階で西洋音階の四度(ファ)と七度(シ)を抜くのでこう呼ばれる。民謡・演歌・唱歌で多用される。独特の哀調をもち日本人の情緒に訴えるメロディーになる。

 

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2019年

3月

13日

日本のR&B グッドナイトベイビー

壁の飾りをかえました。
ザ・キング・トーンズ「グッド・ナイト・ベイビー」昭和43年
作詞 ひろ・まなみ・作曲 むつ・ひろし
発売から1年かけてじわじわと人気が高まり、昭和44年3月にオリコン2位、昭和44年第20回紅白に出場しました。米国でもビルボードR&B部門48位にチャートイン。
日本ポリドール・レコードのリズム&ブルース好きの社員であった松村孝司さんが、当時としては本格的な(歌謡曲風でない)R&B曲を書いたそうです。作曲者に社員の名を出すのはマズかろうというので、ペンネームにしたそうです。
 同じR&Bといってもドリフのズンドコ節は60年代後半の音ですが、それに比べキングトーンズはちょっと前の50年代~62年頃の「ドゥーワップ」を意識した楽曲です。プラターズのような甘い印象の曲ですね。
リードボーカル内田正人さんのハイテナーボイスが美しい。とくにファルセット(裏声)が切ない表情で哀愁を感じますね。そんな内田さんですが先日2019年2月25日にお亡くなりになりました。日本リズム&ブルース界の偉大な功労者のご冥福をお祈りします。(院長)

 

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2019年

2月

27日

幸福の木ドラセナに花が咲きました

また幸福の木ドラセナに花が咲きました。この木は ドラセナ・フラグランス・マッサンゲアナと云うそうです。2013年開院のお祝いにいただきました。2016年に一度花をつけました(当時のブログこちら)、その時も2月でした。今回は3年ぶりです。調べてみると数年に1回開花するらしく珍しいことのようですね。6時頃日没になると白い小さな花がたくさん開き、ユリのような香りが部屋いっぱいに拡がります。朝になると閉じています。   (院長)

 

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2019年

2月

13日

宝塚 宙組 真風さんのソーラン節

壁の飾りをかえました。
宝塚歌劇 宙組「黒い瞳/VIVA! FESTA! in HAKATA」2019年2月2日-25日 博多座

 

宝塚の劇の多くは男女の恋愛が主題ですが、並列して男同士の友情をテーマに取り上げることが少なからずあります。「黒い瞳」もそうです。
ロシア軍将校の貴族ニコライ(真風涼帆)と反乱軍の首領プガチョフ(愛月ひかる)は敵として戦う立場ながら、互いに尊敬し合います。この男の友情劇が本当に泣かせるのです。院長も泣きました。予備ハンカチ持参してよかったです。特筆すべきは愛月さん気迫の演技です。アクの強い役はこの人の得意とするところ。愛月さんは本公演で宙組から異動されますが、次の専科でもさらに活躍されることでしょう。

政府軍とコサック軍のはざまで複雑な立場にある青年マクシームイチが男気を見せる、という難しい役を蒼羽りくさんが好演するのも注目で、劇を更に奥深いものにします。
そして期待のショーVIVA! FESTA! は2017年の再演(1)、以来ぜひもう一度観たかったのです。何といっても圧巻は中詰のソーラン節であります。トップ真風さん率いる宙組生が繰り出す「ソーラン宙組」の掛け声がものすごいグルーヴを生みます。ジェンヌさんたちの客席降りの際は地鳴りのような熱狂で劇場全体が呑み込まれるのです。これを体感できただけでも博多まで来てよかったです。

機会がございましたら、ぜひすばらしい宙組の舞台をご観劇ください(2)

 (前回の宙組記事 WEST SIDE STORYこちら)

まだ厳しい寒さが続きます。皆様くれぐれもお身体にお気を付けください。 (院長)

 

(1)VIVA!FESTA!は2017年宝塚大劇場版(宙組トップ朝夏まなとさん)のDVDが出ています、ぜひご覧ください。
(2)宙組次回作は宝塚大劇場「オーシャンズ11」2019年4月19日~こちらも楽しみです。

 

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2019年

1月

22日

日本のR&B ドリフのズンドコ節

壁の飾りをかえました
ザ・ドリフターズ「ズンドコ節」昭和44年 作詞・作曲:不詳
誰もが聞いたことのあるメロディ、コミックソングと侮ってはいけません。日本を代表するリズム&ブルース(R&B)の名曲なのです。ぜひ一度歌だけでなく演奏もお聴きください。
イントロから物凄い音圧で攻めてきます。そしてズンズンズンズン・ズンズンドコと中毒性のあるリズムで突っ走るグルーヴが耳から離れません。
ベースは江藤勲さん、ドラムは石川晶さん、ともに昭和歌謡の大御所スタジオミュージシャンですね。間奏では加トちゃんのスキャットも決まっています。
見た目もR&Bです。ドリフのメンバーはスーツ姿、マイク前に整列して振りをつけながら歌うのです。その姿はテンプテーションズかフォートップスかというくらいに、まさにR&Bグループなのです。    (院長)

 

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2019年

1月

09日

ふりむかないで

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 

壁の飾りをかえました。
ハニーナイツ「ふりむかないで」昭和45年、作詞:池田友彦、作曲:小林亜星
日本全国の街を歌うご当地ソングといえばこれも流行りました。エメロンリンスのTVコマーシャルです。全国各地で女性に後ろから声を掛け、ふりむいてもらうという、あのCMです。懐かしいですね。
歌うハニーナイツはコーラスグループで、ドラマ・アニメ・CMなどの仕事を中心にスタジオミュージシャン活動が多かったようです。素晴らしいハーモニーに聴き入ってしまします。「妖怪人間ベム」「サスケ」のコーラス、といえば思い出される方も多いでしょう。

 

インフルエンザ感染症が流行しております。皆様、くれぐれも御身体にお気をつけください。 (院長)

 

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2018年

12月

19日

港町ブルース

壁の飾りをかえました。
森進一「港町ブルース」昭和44年 作詞:深津武志・なかにし礼、作曲:猪俣公章
昭和44年第20回NHK紅白の白組トリの曲です(1)
柳ヶ瀬ブルース」がヒットした昭和41年頃から、地名を盛り込んだ「ご当地ソング」が流行り、いろんな町の歌が作られました。森進一さんの「港町ブルース」もその一つで、北は北海道函館から南は鹿児島県枕崎まで日本の港町がてんこ盛りです。
さてこの曲の聴かせどころは何といっても森さんのむせび泣きサックス唱法でしょう。後年森さんに曲を書いた大瀧詠一さんは「みィィなとおォー、ってこれサックスのブロウでしょ」と解説されています。当時はむせび泣きサックスが大変流行していて「柳ヶ瀬ブルース」や青江三奈の「恍惚のブルース」等が代表、洋楽ではサム・テイラーの「ハーレム・ノクターン」が人気でした。サックスはムーディーな効果を上げるのに使われたのです。(2)「バック(の演奏)が最初はむせび泣いていたわけなんですけど、で本人がむせび泣いて、一緒になって」(3)というわけで森進一さんの歌唱はサックスの演奏からきているという説でした。なお、後年の森さんの「港町ブルース」を聴くとあっさりしているのです。やはりこの時代特有の流行だったのでしょう。

 

皆様、よい年末年始をお過ごしください。 (院長)

 

(1)森さんは紅白2回目で白組トリ!なお大トリは紅組 美空ひばりさんです
(2)「なんせね、このむせび泣きのサキソフォンが当時流行ったんですよ」「ハーレムノクターン、笑うの日本人だけなんだよ」日本ではなぜか必ずムードあふれる色っぽい場面で使われるため、日本人はこの曲を聴くとニヤニヤしてしまうと解説。 NHK-FM 大瀧詠一の日本ポップス伝2 第2回(1999年1月5日放送)より
(3)大瀧さんは、ムードを盛り上げるため「サービスを濃く」しようとした、と解説しています。

 

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2018年

12月

05日

クリスマスの飾りつけ

クリスマスの飾りつけをしました

写真1枚目コルクのリースは事務長が手作りしました。第1診察室、レコードジャケットの向かい側の壁に飾っております。2枚目のリースは待合室から診察室へ向かう通路の壁に、3,4枚目の飾りは受付の棚です。

 

そろそろインフルエンザが流行し始めているようです。

皆様、感染予防にじゅうぶんお気をつけください。   (院長)

 

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2018年

11月

21日

名曲誕生の条件 柳ヶ瀬ブルース

壁の飾りをかえました。

美川憲一 「柳ヶ瀬ブルース」昭和41年 作詞・作曲 宇佐英雄

 美川さんは大映ニューフェース第17期(昭和39)で芸能界入り(1)、俳優志望から青春歌謡路線を目指していました。会社からムード歌謡の「柳ヶ瀬ブルース」を提示され本人は歌いたくなかったそうです。嫌々歌ったのがかえってクールな感じを醸し出し(2)この曲の雰囲気にぴったり合ったのです。120万枚の大ヒットだったと言います。
 名曲というのは、その時のいろんな条件が偶然重なってできるものです。宇佐さんの曲が採用された経緯(3)、美川さんのニヒリスティックな歌唱。他の誰が歌っても、また本人でも今やこの感じが出ない(4)。演奏も、サム・テイラーばりにむせび泣くサックスに三連符のバックとこの時代の雰囲気をよく出しています。この瞬間しかできなかった神がかり名曲です。
 当時の柳ヶ瀬は大変な繁華街だったそうです。院長は歌謡曲の聖地巡りが好きで、現代の柳ヶ瀬に訪問しましたところ、もうすっかり寂れていました。商店街の路面に「柳ヶ瀬ブルース」の歌碑が埋め込まれていました。 (院長)

 

(1)「釧路の夜」で第19回NHK紅白歌合戦(昭和43)に初出場した際、白組司会の坂本九さんが「大映のニューフェイス」「僕よりちょっとハンサムな美川さん」と紹介しています
(2)「デビュー当時の私は「しゃべらない」「動かない」「笑わない」の「三ない歌手」といわれていて物静かだった。」週刊ポスト2015年インタビューより

(3)宇佐英雄さんは伊豆長岡をテーマにしてこの曲を作り、流しで歌っていたところ、たまたまクラウンレコードの目に留まり採用され、岐阜市の歓楽街柳ヶ瀬をテーマに書き換えたそうです。
(4)藤圭子さん、青江三奈さんの歌もいいですがちょっと違う。また後世の美川さんの歌唱ではこの寂寥感は出ない。オリジナルが断然良いと院長は思います。ギター木村好夫さんの演奏はかなりオリジナルに近い世界観です。

 

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2018年

10月

31日

桑田佳祐さんがGSに捧げるオマージュ

 壁の飾りをかえました。

 ジューシィフルーツ「そんなヒロシに騙されて」昭和58年 詞・曲 桑田佳祐 
高田みずえ、サザンオールスターズと競作で発売されました(1)。ピンクのグレコギターを抱えたボーカル&ギターのイリアさん、かわいいですね。

 さてこの曲は出だしが前回ブログの「スワンの涙」と同じであることは有名です(2)。エレキギターはリバーブサウンドにテケテケやホイッスル奏法など。沖山さんのベースはGS時代の典型的ベースライン(3)。GSの良いとこ取り的な音作りです。これは桑田佳祐さんがGSに捧げたオマージュといってよいでしょう。

 奇しくも同じ昭和58年YAMAHAがデジタルシンセサイザーDX-7を開発上市しています。操作が複雑で専門職のものであったアナログシンセ時代から、誰でも扱えるデジタルの時代を拓いた画期的モデルです。プロアマ問わず世界中で使われました。一つのテクノロジー進歩で音作りが変わった例と言えるでしょう。ちょうどこの頃、ギターよりキーボードがバンドの花形だった時期がありました。その後ユーロビート、テクノなど新しい表現を経て多様性豊かなJ-POP時代に継がれます。

 そう考えればこの昭和58年は転換期であったかもしれません。知ってか知らずか、桑田さんがGSに捧げたオマージュは、同時に旧時代サウンドへの挽歌にもなっていたのです。  (院長)

(1)高田みずえさんはこの曲で第34回NHK紅白歌合戦に出場。サザンはアルバム「綺麗」に収録。
(2)John Wetton の Caught In The Crossfire にも似ているともいわれますがこちらは1980年。曲作りの意図から見てやはり昭和43年「スワンの涙」を意識したと考えるのが自然でしょう。
(3)The Beatlesのタックスマンという曲のベースラインが当時GSの曲に盛んに取り入れられました。

 

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2018年

10月

17日

失神といえば

たまには医療の話もしましょう。
失神したと患者さんから聞くと、医者は脳よりも心臓(不整脈)を心配します。失神は脳全体に血が行かなくなることで起こる意識消失症状です。原因で多いのは神経調節性失神といって良性のものですが、中には不整脈など心臓が原因のものがあります。特に心室細動(Vf)は怖いです。数分以内に蘇生処置(心マッサージ、除細動)を行わないと多くの場合死に至ります。処置が遅れると脳に大きな後遺症を残します。気を失っている人を見たら、必ず呼吸と脈の有無を確認してください。なければ直ちに助けを呼んで、心マッサージを始めてくださいね。
失神といえばグループサウンズのオックスです。

「スワンの涙/オックスクライ」昭和43年、詞 橋本淳、曲 筒美京平
王子様系ビジュアルのオックス、失神バンドとして注目されました。その謂れは、コンサートで演奏者が興奮しすぎて失神して倒れ(演技?)、またそれを観てつられて本当に失神するファンが続出したからです。医学的に考えると、興奮しすぎての神経調節性失神や過換気症候群からの失神になったのだろうと思います。Vfや完全房室ブロックなどの心原性失神ではないでしょうね。 (院長)

 

・A面「スワンの涙」は完全に歌謡曲ですが、B面「オックスクライ」はロックです。筒美先生は本当に何でも作曲しますね。橋本先生の歌詞もJPOPには真似できない味わい深さがあります。

・この録音ではベースはメンバーの福井さんでなく、スタジオミュージシャンの江藤勲さん(→ブログ参照)が演奏しているといわれます。

 

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2018年

9月

26日

大坂なおみさん大活躍ですね

テニスの大坂ナオミさんグランドスラムおめでとうございます。大活躍ですね。
そういうわけで壁の飾りをかえました。

「ナオミの夢」ANI HOLEM AL NAOMI ヘドバとダビデ 昭和46年
日本語作詞:片桐和子  作曲:デビッド・クリボシェ

ナオミという名前は世界中で多く使われると聞きます。中学英語の教科書なんかに出てくるベタなネタを思い出しますね。由緒ある名前で旧約聖書のルツ記に登場する女性なのだそうです。
さて、歌っているヘドバとダビデとはイスラエルの男女デュオです。B面は原曲のヘブライ語版。旧約聖書の国です。

ちょっとマイナーでエキゾチックでこの時代の雰囲気をよく表す曲調です。この頭にこびりつくようなメロディー、長いこと題名がわかりませんでした。大人になってから歌謡曲研究を始めて再会することができました。

そうそう「日本でだけ人気」の外国人歌手やタレントさんが多かったのもこの時代・昭和40年代の特徴です。E.H.エリック、キャロライン洋子、ゴールデンハーフ、チャダ、ダニエル・ヴィダル、マギー・ミネンコおっとベンチャーズもそうです。  (院長)

 

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2018年

9月

12日

ニッポンの受験生の心を救う ビタースイートサンバ

ハーブアルパートの「蜜の味」"A Taste of Honey"はカッコイイですね。LP盤 "Whipped Cream and Other Delights" のA-1曲目です。

さて、このレコードには日本人にとって非常に重要な曲が収録されています。
A-4曲目「ビタースイートサンバ」"Bitter Sweet Samba"、名を知らずとも日本人なら誰でも口ずさめる、そう、深夜放送オールナイトニッポンのテーマ曲です。私も小学生・中学生時代に何百回と聴きました。二度目のビタースイートを聴きながら薄明りの空を拝むこともありました。受験の経験がある日本人なら必ずこの番組を聴いたはずです。50年以上も受験生たちの心の支えになり続けています。そして今夜も日本のどこかでビタースイートサンバを聴きながら勉強している受験生がいることでしょう。

受験生のみなさん、秋からでもなんとかなります。できることはまだまだたくさんあります。自分の力を信じ目標に向かってがんばってください。   (院長)

 

(1)ニッポン放送1240kHz(現在は1242kHz)の深夜放送。関西では大阪放送1310kHz(現在のラジオ大阪1314kHz)または近畿放送1140kHz(現在のKBS京都1143kHz)で中継されていました。ただしOBCは3時までの放送で、3時以降は電波の悪いKBSで聴きました。またアンテナを張ると東京のニッポン放送も受信できました。ニッポン放送は時報の音が他局と違うのです。

(2)一部午前1時~3時、二部3~5時、テーマ曲は1時の開始時と、5時前の終了時にビタースイートサンバが流れます。

 

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2018年

8月

29日

蜜の味 ベンチャーズ

 壁の飾りをかえました。少し過ごしやすくなってきた夏の終わりにはこんなエレキが似合います。
ザ・ベンチャーズ「蜜の味」"A Taste of Honey"昭和41年、曲 Bobby Scott
 ビートルズも歌っています。ビートルズも大御所歌手(1)のカバーは原曲のとおりムーディーで甘いメロディーです(2)。対してベンチャーズのTaste of Honeyはシャッフルリズムにビートを利かせた演奏です(3)。知らずに聴くと別の曲と思われる方もいるでしょう。
 このアレンジはベンチャーズが考えたのではなく、1965年トランぺッターのハーブ・アルパートさん(Herb Alpert)の手になるものです。マリアッチ風(4)の大胆なアレンジがいいですね。海辺で撮影されたプローモーションビデオなんかカッコよすぎです。ぜひ探してみてください。ハーブ・アルパートはこの曲で66年グラミー賞を受賞しています。


 まだまだ暑い日が続きます。皆様体調にお気を付けください。 (院長)

 

(1)アンディ・ウィリアムズ、ジュリー・ロンドン、トニー・ベネット、バーブラ・ストライザンド、チェット・ベイカーなど大御所さんも歌っています。
(2)メジャーデビュー前のビートルズがライブハウス回りをしていた頃は、ムーディーな曲を入れたほうが客の受けがいいということでしぶしぶ演奏していたそうです。とくにジョン・レノンはこの曲を演るのが嫌だったそうです。だからこの曲のボーカルはポールなのだとか。
(3)ベンチャーズの演奏はこのシングル盤よりも66年ライブ盤のほうがお勧め。ノーキー・エドワーズのギターがノリノリ、アドリブが奮っています。

(4)マリアッチはメキシコの音楽。この時代、アメリカ風マリアッチという意味でアメリアッチと呼ばれました。

 

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2018年

8月

08日

夏はエレキですね

壁の飾りをかえました。夏になると聞きたくなります。

加山雄三 ブラックサンドビーチ 曲 弾厚作(1) 昭和40年
映画「エレキの若大将」で勝ち抜きエレキ合戦に出演する曲ですね。

エレキ・インスト(2)なので歌はありません。だからこの曲を知らない人が多いでしょう。しかし、昔ロック小僧だった人はみんな知ってます、かつ弾いたことがあります。
当時ベンチャーズやアストロノウツなどのエレキインストのサーフィンサウンドが流行。外国の曲が主流だったなか、加山さんのこの曲は群を抜いて完成度が高いのです。ギターがリバーブ(3)をピュンピュン鳴らしてカッコいいですね。おなじみのテケテケのフレーズは65年オリジナル録音(写真左)では硬質な音、94年版(写真右)はピシャピシャとリバーブ音(4)が爽快であります。
 単純明快なメロディながらエレキ・インストの金字塔ともいえる名曲です。だから今でも数々のミュージシャンからリスペクトされています(5)。これを日本人が作曲し演奏したということに大変な意義があると思います。

 

まだまだ暑い日が続きます。お体に気を付けてお過ごしください。 (院長)


(1)弾厚作は加山さんが作曲するときのペンネームです。この時代、職業作曲家が曲を書くのが当たり前でしたから、自作の曲を自分で演奏して歌うなんて珍しかったわけです。
(2)エレキギターのインストゥルメンタル曲、つまり歌なし器楽演奏だけの曲という意味です。
(3)ギターアンプ附属の残響装置。スプリング・リバーブ装置でミュート音やアタックのある音を弾くとピュンピュン音が鳴ります。ベンチャーズのダイヤモンドヘッド、ウォークドントラン64、等が代表例。
(4)これはフェンダーアンプなど昔のスプリング・リバーブでないと出せない味です。94年版はステレオで音が左右に動く録音で臨場感が高まります。

(5)ヨッチャンこと野村義男さんの演奏がスゴイです。一度探してくださいCD「GS I love you」収録

 

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2018年

7月

25日

宝塚宙組 真風さんのウェストサイド物語

壁の飾りをかえました。

宝塚歌劇 宙組 ウェストサイド物語 2018年7月24日-8月7日 梅田芸術劇場

主役は男役トップスター真風涼帆さんです。宝塚各組のなかで最も迫力あるトップさんですね。院長のお気に入りです。星風まどかちゃんがヒロイン役、愛月ひかるさん(愛ちゃん)は対抗グループリーダー役、普段は男役の桜木みなとさん(ずんちゃん)が娘役を演じます。院長もとても楽しみにしています。

皆様機会がございましたら、ぜひすばらしい宙組の舞台をご観劇ください。

 

暑い日が続きます。皆様くれぐれもお身体にお気を付けください。 (院長)

 

追記)観てきました。真風さんは最近王様や貴族の役が続いていたので、今回純真な青年役を演じて新鮮でした。いつものパワフルな歌だけでなくやさしい歌も聞けてよかったです。そして今回の見どころは何といっても桜木さんの情熱的な踊りです。すばらしい。これからご観劇の皆様、ずんちゃんのダンスにご注目ください。

 

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2018年

7月

11日

ランの花が咲きました

ひさしぶりにランの花が咲きました。2013年10月開院祝いにいただいた花です。中待合通路のレントゲン室前にあります。

この株は初めて花をつけました。毎年花をつけていたランは昨冬に枯れてしまい、いまは残りの3株ががんばっています。 (院長)

 

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2018年

7月

04日

夏が来ました

壁の飾りをかえました.。「涙の太陽」安西マリア 昭和48年のシングルです。昭和40年のエミー・ジャクソン版がオリジナルです。作詞 湯川れい子、作曲 中島安敏。

夏らしい曲ですね。
小学生にとってはキャンディーズくらいが身近な存在で、安西マリアさんはお姉さん過ぎる遠い存在でしたね。 (院長)

 

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2018年

6月

13日

洋楽ポップス学部入試 出題ポイント?

前回の ペギー・マーチ "I will follow him " (1963)、元の歌はフランスでヒットした「愛のシャリオ」 "Chariot "(1962)です。シャリオは馬車の意味です。

I will follow him は「どんな障壁があってもあなたについていきます」、Chariotは「馬車に乗って二人はいつまでもどこまでも行こう」という歌詞です。今の時代だともうこういう歌詞はなくなりました。

フランス語の歌ですが歌手のペトゥラ・クラークは英国人です。ペトゥラ・クラークといえば「恋のダウンタウン」(1)が有名です。それ以前は英米ではあまりヒットがなくフランスを中心に活躍していました(2)。
作曲のポール・モーリアは名前を変えたほうが売れるだろうという理由でDel Romaと名乗り、フランク・プールセルもペンネームで共同作曲しました。編曲はレイモン・ルフェーヴル。フランスのイージーリスニング界の大御所3名が一堂に会した名曲というわけです。

この3回のまとめです: 恋はみずいろ」作曲はポールモーリアではなくアンドレ・ポップ。歌手ヴィッキー・レアンドロスはギリシャ出身。
"I will follow him "はP・モーリアとF・プールセルが変名を使って作曲。英語版の歌はペギー・マーチでこちらが後発、元歌のフランス語版は英国人のペトゥラ・クラーク。P・クラークは当初フランスで人気があった。

 

もし入試科目に洋楽ポップスがあれば、狙われそうな出題ポイントです。 (院長)

 

(1)"Downtown" 1964発表、65年1月ビルボード1位

(2)元々英国で子役として活躍、その後フランスで歌手として人気を得ました。フランスポップスのアイドル、シルヴィ・バルタンとフランソワーズ・アルディと3人でメドレーを歌う映像なんかも残っていて当時の人気が伺えます。

 

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クリニックからのお知らせ

2016年7月から水曜日は午前・午後とも休診しております

 

特定健診・がん検診予約

2019年1月末で終了します。

次年度分は2019年4月から特定健診・各種がん検診(肺・大腸・前立腺)・肝炎検診を受付しています。詳細はお問い合わせください。