フォークルの「悲しくてやりきれない」

壁の飾りをかえました。

「悲しくてやりきれない」ザ・フォーク・クルセダーズ昭和43年

作詞:サトウハチロー、作曲:加藤和彦、編曲 ありたあきら(小杉仁三)

 2回連続加藤和彦さんです。ザ・フォーク・クルセダーズは「帰ってきたヨッパライ」で大ブレイクし、続く2枚目の予定であった「イムジン河」が発売直前で販売自粛になってしまいました。代わりの曲を今すぐ作ってちょうだい、3時間で、といわれ、ニッポン放送ビル内にある音楽出版会社の社長室に閉じ込められた。どうしようかと困っているうちに、「イムジン河」の記譜を逆さまからたどってみると、新しい曲のモチーフが浮かんできた、そこから30分でメロディーが書けた、という有名な話があります(1)。

 曲ができるとすぐに社長が作詞家のサトウハチロー先生(2)の家に連れて行きます。先生と曲の打ち合わせはなく、世間話だけで帰ってきました。1週間後に先生の詞が届きました。「悲しくてやりきれない」こんな詞でいいんだろうか?と加藤さんは思ったそうです。でも、歌ってみるとすごくはまっていた、すべての語句がピタッと合っていた、何も打ち合わせしていないのに、と語っておられます。

 詞は静かで美しい風景と、その中でやりどころのない心情を描いている、それだけなんですねシンプル。実はサトウ先生は実弟を広島の原爆でなくされています。長崎原爆を題材にした曲「長崎の鐘」の歌詞で「こよなく晴れた青空を悲しとおもう切なさよ」と書いておられます。よく似た情景です。どうしようもないときは美しい景色はむしろ虚しいということでしょうか(3)。対して加藤さんの曲は決して暗いメロディーではなく、メジャーコードの明るさがあるのです。やりどころのない悲しさを表す詞に対して未来への期待を思わせるメロディー、聴いてて「あ、悲しすぎるけど何とかなるんじゃね」という気持ちになる。この組み合わせが普遍のメッセージを伝える曲になったのでしょう。 

 皆様機会がありましたらぜひこの名曲を再びお聴きください。 (院長)

 

(1)NHK BSフォーク大全集5(1996年)などインタビュー動画より

(2)「リンゴの唄」を書かれた大作詞家です。戦前には童謡「ちいさい秋みつけた」 「かわいいかくれんぼ」 「うれしいひなまつり」など書いています。当時サトウ先生64歳、加藤和彦さん20歳、面白い若者が来たなと思われたのでしょうか。

(3)心理臨床の先生がこんなことを書かれていました。「心療内科の医療心理士として,うつの患者さんたちが窓の外の何気ない景色を見ても涙がこぼれると話すのを聴いていて,あるとき『悲しくてやりきれない』の歌詞を思い出した.そうか,こういうことだったのか,そんな気持ちが表現されていたのかと」、「<空のかがやき>や<白い雲>を見て,なぜそんなに悲しくなってしまうのか,爽やかな空を見たら少しは気分も晴れそうなものではないか?」

 島田凉子(2016) 巻頭言 『悲しくてやりきれない』と心理臨床 心身医学 Vol.56, 9, 884-5.

 

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