80年代テクノ「ハイスクールララバイ」

 壁の飾りをかえました。前回の一風堂に続いて80年代電子音楽です。

イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」昭和56年(1981)作詞:松本隆、作曲:細野晴臣

 TVバラエティ「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のメンバー、山口良一(ヨシオ)、長江健次(フツオ)、西山浩司(ワルオ)のシングル曲です。オリコン7週連続1位獲得、累計160万枚を売り上げる超大ヒットだったのです。こんなに売れていたとは知らなかった!(1)。

 YMO細野さんのメロディーがキャッチーであったこと、山口(ヨシオ)と西山(ワルオ)の掛け合いパフォーマンス(2)が大人気の理由だったと覚えています。

 曲は典型的初期YMOテクノサウンドです。「ライディーン」風のイントロから入ります、ハイハットのリズムが気分揚がりますね!シンセサイザー音がこの時代的です。山口さん(ヨシオ)はシンセ演奏の物まね担当。当時まだアナログシンセが主流、大きなコントロールパネルがついていて、YMO坂本教授はキーボード演奏しながら頻繁にダイアルやスイッチを触っていた、これをよく真似ています。時代を反映していますね。このあと83年頃からデジタルシンセが普及し(3)音色変換が簡略化され手元だけで済むようになりました。

 テクノ音楽の黎明は78年結成のYMOが実験的音楽にはじまりました(4)。3年後の81年にはすでにテクノは世の中に受け入れられていたわけです。このあとデジタル音楽技術は幅広くポピュラー音楽に浸透し大衆社会に消費されてゆきます。数年後にはユーロビート流行、簡易な音楽作成手段としてのカラオケ伴奏やスーパーマーケットのBGMにまで広まるといった具合です。

 80年代は様々なサウンドが発展した時代です。デジタルサウンドが広まり始めたきっかけである「ハイスクールララバイ」、機会がありましたらぜひお聴きになってください。(2023.10.25 院長)

 

カテゴリ 音楽

(1)デイリー新潮2023.9.30 「西山浩司が語る「イモ欽トリオ」秘話 ハイスクールララバイは160万枚売れたのに音楽賞はゼロ、紅白にも出なかった理由」

https://www.dailyshincho.jp/article/2023/09301106/

(2)長江のレコーディング中、暇だった山口と西山が、ふざけてスタジオでYMOの演奏真似をして遊んでいたものが採用された(Wikipediaより)

(3)83年にYMAHAがデジタルシンセDX-7を開発し一気にデジタル化が進みました。当ブログ「桑田佳祐さんがGSに捧げるオマージュ」

(4)当ブログ「YMOの功績 ライディーン」

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